
この記事の要点
令和8年度税制改正(令和8年3月31日成立)で、「関連者間取引に係る書類の整理保存の特例」という制度が創設されました。
対象になるのは、グループ会社や同じオーナーが持つ別会社(=関連者)から受ける一定の役務提供や知的財産の利用等です。ひとことで言えば、そうした取引について「その金額をどう計算したのか」がわかる資料を残しておく義務が生じます。
契約書や請求書に「何を受けて、いくらを、どう計算したのか」が書かれていない場合、その不足部分を補う書類(特定事項記載書類)を用意して保存しなければなりません。ゼロから文書を作らせる制度ではなく、足りない部分だけを補う制度だとイメージしてください。
保存義務を負うのは、お金を払う側(役務の提供や知的財産の貸付け等を受けた側)です。請求する側ではありません。
注意:「移転価格税制の話だから、海外取引のない当社は関係ない」と受け取られがちですが、「関連者」の考え方は移転価格税制の国外関連者と概ね共通しているものの、本制度では取引の相手が外国法人であることを要しません。国内の会社同士であっても、対象となる一定の取引であれば適用されます。株式の50%以上という判定基準は、中小企業やオーナー系のグループでもごく普通に満たされます。
2026年6月30日には国税庁から事務運営指針と法人税基本通達の改正が公表され、「どこまで資料を用意すればよいのか」の水準も具体的になりました。
適用は 令和8年(2026年)4月1日以後に開始する事業年度に行う取引からです。
よくある誤解が「令和8年4月1日以後の取引すべてが対象」というもの。実際は事業年度単位なので、決算期によって初年度が変わります。
| 決算期 | 初めて適用される事業年度 | 申告期限(原則) |
|---|---|---|
| 3月決算 | 令和8年4月1日 〜 令和9年3月31日(令和9年3月期) | 令和9年5月31日 |
| 6月決算 | 令和8年7月1日 〜 令和9年6月30日(令和9年6月期) | 令和9年8月31日 |
| 9月決算 | 令和8年10月1日 〜 令和9年9月30日(令和9年9月期) | 令和9年11月30日 |
| 12月決算 | 令和9年1月1日 〜 令和9年12月31日(令和9年12月期) | 令和10年2月末日 |
書類をそろえる期限は、その取引を行った事業年度の確定申告書の提出期限までです。その時点までに取得または作成し、整理しておく必要があります。
保存期間は7年間。起算日は、作成または受領の日の属する事業年度終了の日の翌日から一定の月数を経過した日で、基本的には確定申告書の提出期限にあたります。保存場所は納税地等です。
3月決算法人は、すでに始まっている令和9年3月期の取引が対象です。今期の請求書の書き方から見直しが必要になります。12月決算法人は令和9年1月開始の事業年度からで、3月決算より9か月遅いスタートになります。
自社との間に次のような関係がある法人が「関連者」に当たります。
持株比率が50%未満でも、たとえば次のような事情により、一方が他方の事業の方針を実質的に決定できる関係にある場合は関連者となり得ます。
フランチャイズ的な関係、ライセンス依存度の高い関係、役員派遣による支配関係は、持株比率が低くても検討が必要です。
いちばん注意していただきたいのが、兄弟関係の判定です。株主が個人の場合、「同一の者」はその個人だけでなく、親族等の一定の特殊関係者を合わせて判定します。
法人間の資本関係だけを見て「うちは単体だから対象外」と判断すると、判定を誤ります。
よくある該当例は次のとおりです。
なお、青色申告法人か白色申告法人かを問わず、また会社の規模を問わず、内国法人(公共法人を除く)が対象です。外国法人の日本支店は対象外です。
対象は、販売費、一般管理費その他の費用の額の基因となる取引のうち、次の2類型に限定されています。
工業所有権等の譲渡または貸付け 特許権・実用新案権・意匠権・商標権、著作権(出版権・著作隣接権を含む)、特別の技術による生産方式、プログラムの著作物など。権利の設定その他これらを使用させる行為も含まれます。
一定の役務の提供 関連者の経営資源を活用して行う研究開発・広告宣伝等の費用分担、専用資産を使用させる行為とその維持・管理、経営の管理・指導、情報の提供など
| 具体例 | |
|---|---|
| 対象になり得るもの | 経営指導料/マネジメントフィー/技術指導料/ロイヤルティ/一定の業務委託料/システムの共同利用料・保守料/ブランド使用料/広告宣伝費の分担金/研究開発費の分担金 |
| 対象外 | 売上原価となる取引(商品・材料の仕入れなど)、社長「個人」との直接取引 |
売上原価等に該当する取引は対象外です。
国税庁の事務運営指針では、判断基準が次のように示されています。
関連者間取引の内容を第三者の立場からみて客観的に把握することができる程度
通常求められる範囲を超える詳細な資料の一律の保存を求める趣旨ではなく、第三者価格との比較(価格の妥当性の証明)までは求められていません。移転価格税制のローカルファイルのような、比較対象取引の選定や利益水準の分析までは不要です。
ただし、国外関連者との取引については、移転価格税制に基づく独立企業間価格の検討やローカルファイルの作成・保存が別途必要となる場合があります。本特例の水準を満たせば移転価格上の対応も済む、というものではありません。
本特例に関して言えば、「何を受けて、いくらを、どう計算したか」が読み取れれば足ります。
請求書 経営指導料 一式 月額 300,000円
対価が「一式」とされているだけで、取引の内容も抽象的です。結果の金額しかなく、算定方法が読み取れません。事務運営指針でも、このような記載は取引の実態を把握するに足りるものではなく、特定事項が生じることとされています。
業務明細書(月次) 経理・労務・法務支援 月10時間相当 単価30,000円/時 × 10時間 = 300,000円
ポイントになるのは次の3点です。
もっとも、どこまで書けば足りるかは取引ごとの個別判断です。取引類型ごとに、明らかにすべき情報は次のように整理されています。
| 取引類型 | 明らかにすべき情報 |
|---|---|
| 工業所有権等の譲渡・貸付け | 権利の内容・範囲・存続期間/自社の事業における利用の内容/対価の額とその算定の基礎となる計算方法 |
| 費用分担等に係る事業活動 | 事業活動の内容・実施方法・場所・回数/自社が受ける利益の内容/負担費用の額の算出根拠となった計算方法 |
| 経営の管理・指導等 | 役務の具体的内容/提供の態様/提供の頻度または期間/対価の額の計算方法 |
| その他の役務提供 | 役務提供の日時・場所・期間または回数/具体的内容/対価の額の内訳とその計算方法 |
まず、次の順で対象を特定します。
グループ会社が複数ある場合は、この段階で「誰が誰に何を払っているか」の一覧表を作ってしまうのが結局いちばん早い方法です。翌期以降もそのまま使えます。
洗い出した取引について、新しい書類を作る前に、いま手元にある資料で足りるかを確認してください。国税庁の通達では、事務負担に配慮した取扱いが示されています。
複数の書類を総合して判断してよい 契約書・請求書・作業報告書などに情報が分かれていても、総合して確認できれば新たな書類は不要です。既存の議事録や工数集計表を組み合わせる形でも構いません。
不足部分だけでよい 取引内容のすべてを記載する必要はなく、不足している事項が明らかにされていれば足ります。そもそも不足がなければ、書類の取得・作成自体が不要です。
反復継続する取引は1通でよい 同一内容の貸付け・役務提供が繰り返され、条件に変更がないことが契約書等で確認できれば、一つの書類を継続して保存すれば足ります。マネジメントフィーやロイヤルティを毎期作り直す必要はありません。
ローカルファイルや電子取引データで新たな書類が不要になる場合もあります ローカルファイルに、取引の内容を客観的に把握できる程度の必要記載事項が記載されている場合には、特定事項がないため新たな特定事項記載書類は不要です。 また、不足している特定事項そのものを電子取引により取得した場合には、その電磁的記録について電子帳簿保存法に基づく保存義務が別途課され、その特定事項に係る取引については本特例による重複した保存は求められません。 ここは誤解しやすいところですが、単に請求書を電子で保存しているだけでは、必要事項の不足が補われるわけではありません。
保存場所も柔軟に 親会社等で一元的に保存している場合でも、調査担当者の求めに応じて遅滞なく入手・提示できる体制があれば、自社の納税地等で保存されているものとして取り扱われます。ただし「遅滞なく入手・提示できるか」は、その体制や要する期間、提示された情報の内容が必要記載事項を確認するに足りるかという観点から判断されます。グループ本社に依頼してから数週間かかる、という状態では不十分と評価されるおそれがあります。
既存資料で足りない部分が見つかったら、次のどちらかで対応します。
請求書の摘要を厚くする 「一式」表記をやめ、単価×数量や配賦基準を記載する運用に変えます。いったん様式と運用を整えれば、毎月の請求プロセスの中で必要事項を残しやすくなります。ただし、実際の役務内容・数量・配賦基準が適切に記録されていなければ意味がないため、様式を直すだけでなく記録の運用まで含めて整えてください。
月次の業務明細を1枚残す 請求書の様式を変えにくい場合は、業務明細書や工数集計表を別途1枚作成して保存します。関連者から取得する形でも、自社で作成する形でも構いません。
グループ内で同じ様式を使えるよう、雛形を1つ作って共有しておくのがおすすめです。
本特例の保存義務は、法人税法126条1項の帳簿書類の保存に関する財務省令に含まれるため、青色申告の承認の取消事由(法人税法127条1項1号)に該当し得ます。
ただし「書類がない=即取消し」ではありません。事務運営指針では、次の段階的な運用が示されています。
一方で、次のような状況では取消しのリスクが高まると考えられます(以下は指針の考え方から導いた実務上の見立てで、国税庁が取消事例として列挙しているものではありません)。
**注意すべきは、取消処分後の対応では挽回できないという点です。**取消処分後に不服申立て等の段階で書類を提示しても、そのことによって原処分の効力に影響を与えるものではないとされています。調査時に不備を指摘された場合には、示された合理的な期間内に対応することが重要です。
なお、青色申告法人以外の普通法人等については取消しの問題は生じませんが、取引の実態が明らかにできないことなどにより課税標準や欠損金額を実額で算定することが困難と認められる場合は、**推計課税(法人税法131条)**の要否が検討されます。保存義務そのものは、青色・白色を問わず課されます。
事務運営指針で新たに明示された、もう一つのリスクです。
本特例の適用対象となる事業年度に欠損金が生じ、その欠損金を将来の事業年度で繰越控除する場合、その欠損金が生じた事業年度の特定事項記載書類を含む帳簿書類の保存状況が問題となります。保存等が十分に行われていない場合には、その繰越控除の適用を受けることができないことがあるとされています。
青色申告の取消しは「軽微なら改善指導にとどめることができる」という柔軟な運用が示されましたが、こちらは欠損金を実際に使う年度になって過去の書類整備を問われる、別ルートのリスクです。
なお、本制度は令和8年4月1日以後に開始する事業年度の取引から適用されるため、それ以前の事業年度について、新たに特定事項記載書類をさかのぼって作成することを求める制度ではありません。
優先して点検すべきなのは、次のような会社です。
該当する場合は、初年度から確実に書類を整備しておくことをおすすめします。
事務運営指針では、特定事項記載書類の保存等は費用の損金算入の要件とされているものではなく、保存等が行われていない場合であっても、そのことのみをもって損金算入が直ちに認められないことになるものではないとされています。
ただしこれは「書類がなくても経費として認められる」という意味ではありません。課税関係の判断は、帳簿書類その他の資料から取引の実態を把握した結果に基づいて行われます。取引の実態や費用性が認められなければ、通常の法人税法上の判断として損金算入が否認され得ます。
自社が対象になるか、どの資料をどこまで整えればよいかのご判断には、取引の実態に即した検討が必要です。関連者の洗い出しや、請求書・業務明細の様式づくりでお困りのことがありましたら、お気軽にご相談ください。
※本記事は令和8年度税制改正(令和8年3月31日成立・公布)および令和8年6月30日公表の事務運営指針・法人税基本通達の改正を反映した2026年9月時点の情報に基づいています。個別の取扱いについては、国税庁「関連者間取引に係る書類の整理保存の特例の運用に当たっての基本的な考え方及び取扱いについて(事務運営指針)」をご確認いただくか、当事務所までお問い合わせください。